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猿江恩賜公園の日本庭園を見る-2

2016.10.20

■巨大な亀石組の出現
パワースポットの様な石組群を抜け、園路に従い進むと、突然視界が広がり水面が大きく見えて来る。そこでもう一度驚かされる景観に遭遇。池に中島があるのだが、水面の広さに対して亀島があまりに大きすぎるのだ。庭園の池と中島の関係を意図的に無視したプロポーションを用い、亀島をデフォルメして見せている。よく見ると左向きの大亀のさらに左に、体を沈めて頭だけを大亀に向けて出した小亀が配されている。鶴と亀のセットで吉祥を表現する日本庭園の最も伝統的な様式をここでは意図的に無視しているようだ。

池の護岸に石組はなく、この亀島だけを一点豪華に浮かびあげて見せようとしている。滝も左手のかなり奧にあり、亀島とのデザインの関連性は薄い。園路側に作られたデッキも唐突で、高さ、大きさ共に何か変なのだ。ほとんどデザインされてなく、「もの」が点在しているだけなのだが、伊藤がこの様な事を許す訳はないであろう。計画の途中で何があったのであろうか。この亀島石組も石組自体のクオリティは猛烈に高いが、池空間全体のバランスを崩している。どこかの段階で伊藤は全体計画の内容より、石組だけに勢力を集中したのではないかと私は推察せざるをえなかった。

豪華な亀石組がある中段の池から木橋の下を水路は走り下段の池に向かう。園路に沿って草に覆われた池の橋を渡ると、日本庭園の外に出る事となる。

歩いた結果、この庭園は廻遊式の日本庭園ではなく、通り過ぎる形式の庭園だった事に気付いた。良く解釈すれば新しい日本庭園様式であるが、庭園を見たという充実感がまるでない。これは全体の構成、特に動線計画と庭園の物語性がばらばらである事に起因していると私は思う。しかし石組にのめり込んだ伊藤の造形美とその気迫は凄い。その凄さを是非感じてもらいたい作品である。

■人と石との関係
ここで石組に対して違う角度から考えてみたい。石の素材は創作活動において古くから用いられた。一般には彫刻やレリーフなど人が刻む事で作り出したものが多い。しかし日本庭園では自然石の姿のままで組み合わせ、創造的な空間を作ったが、他の国ではあまり見られない芸術表現であった。

日本は1500年間自然石の石組造形を行い、特色のある造形美を各々の時代に生み出して来た。近代において、対比されるのは無隣庵を作庭した植治と東福寺作庭の重森三玲である。一方は伏石が主体、一方は立石が主体だが、最も大きな違いは石組に思想性を内包させたかどうかである。重森は植治を自然の表現者だとして創作者ではないと切り捨ててみせたが、どちらが庭園造形として好ましいのかは各自の美意識のなせる感性であろう。

美意識は時代の空気により変化を続け、現代の石組は過去の延長線上とは少し違うようだ。イサムノグチの片腕として創作活動に参加した和泉正敏氏は建築家やランドスケープアーキテクトに評価が高い。氏の表現は自然石の石組と彫刻との中間の微妙な造形美を狙っていると私は思った。石を大きく割りその組み合わせで石積風、石組風なものを創作している。それは自然石そのものではないし、人間の意志だけで作ったものでもない。自然と人による造形が共演するような創作行為が今日のデザイナーから支持されている。

■伊藤のこだわりの石組
ここで猿江公園の石組をもう一度見てみよう。伊藤が創作した石組を庭師達は「石組の原理」にかなってないと否定する可能性は高い。亀島の表現は日本庭園の亀の表現ではなく映像に現れる「ガメラ」怪獣ではないか。日本庭園の原理、原則はどうなっているのだ。しかし伊藤にとって日本庭園の枠はあまり意味の無いもので、自分の感性を信じ作庭しただけであろう。亀島に対して鶴島を置くのではなく、池から頭だけ首を出している亀石組で表現したのは、なんという大胆な挑戦状・皮肉であっただろうか。

囲いがあり限定した空間で価値を発揮する日本庭園を広い公園で表現するには、この様なインパクトの強い演出を伊藤は感じ実行したのであろう。だから面白さと危うさが同居しているこの庭園に私は惹かれたのであろう。

■伊藤邦衛氏の逝去
伊藤のパッションと、サービス精神に溢れた日本庭園を見て来たが、原稿を書いていた9月29日に訃報が入った。今年の年賀状も、穏やかな日々を過ごしているとの書状だった。92歳という長寿を全うされたのだが、これで昭和の大作庭家が全て世を去ったのだという現実に直面させられた。日本が復興と共に文化力を高めた時代に、公共・民間を問わず日本の伝統を絶えず注視しながら新しい庭園空間やランドスケープ空間を作り続けた伊藤邦衛氏にここに深い感謝を捧げたい。

戸田芳樹

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