清瀬市 金山緑地公園を見る-1
2016.11.16
■プロローグ
昭和を代表するランドスケープアーキテクト鈴木昌道氏が10月29日に逝去された。この秋は伊藤邦衛先生を始め、ランドスケープ界の偉大な先人が天に召されてしまった。昭和生まれの私にとって昭和が本当に過ぎ去って行った実感が湧いた秋であった。
私は鈴木氏を偲ぶべく代表的な作品、金山緑地公園に出向いた。鈴木昌道の作品は建築家とのコラボレーションの巧みなランドスケープデザインが多く占めるが、公園等の公共の空間でどの様なデザインを展開しているのか興味を持ち見る機会を作った。
■入口部から鈴木昌道の世界が満載
西武池袋線、清瀬駅から車で10分程、住宅地に囲まれた金山緑地公園は昭和61年にオープンし、2haの広さを持つ。公園のテーマは「武蔵野の風と光」、周囲は既に武蔵野の風情で、隣接する柳瀬川からの水音が心地良い。
公園を訪ねたのが丁度午後、入口正面に立つと西方からの逆光がケヤキの黄葉を通してとても美しく見え、格式も高い。入口部の階段の長さが印象的で、連続する入口広場も横長の敷石をベースとした軸性の高いデザイン、まさに鈴木節満開である。前面道路には勾配があり、入口部を広げると納まりが難しくなるが、構わず最大限の広さを取っている。その上、わざわざ3~4段の階段を設置しているのはなぜであろう。入口広場の前方の下った所に広場が見えるが、入口広場との高低差を大きくし、池広場が効果的に見える仕掛けをしたのではないかと想像した。階段を上げる事で領域性と格式を表現。長尺の踏石で直進性、軸性を展開し、次に出会う池広場の基調デザインを暗示したのだと思った。
その上、入口広場の舗装面は道路側から見るとむくりがついており、逆光の効果も含めてボリューム感を醸し出している。さらに、階段や広場の通行阻害にならない端部には宮崎青島の名所「鬼の洗濯板」の様な素朴感溢れる表情を造形している。平滑な舗装と対比した施工者の技術精度の高さに拍手を送りたい。
■池広場は彫刻と呼ぶべきだ
入口広場を進んで行くと彫刻が置かれ、前面に広い水面と、樹林地が見えて来る。入口広場と池広場に高低差を大きく付け、高いところから水面を見せるデザインの意図を確認した。池広場は中央の水面を囲んで約50°に開いた舗装が左右に大胆に延びたデザインで、鈴木らしさ全開である。
氏は建築外構が多く、建築デザインを外部空間で引き受けるべく直線デザインを主体にして、その上に曲線を重ねる手法を用いる。鈴木が多く手掛けた外構ではなく、自然に囲まれた公園においてこの手法を用いて上手くいくのであろうか。得意のストライプを強調した舗装の端部は斜めに立ち上げ、広場としての機能に造形物を付加している。池広場の中に佇むと、ここは広場空間のデザインと言うよりも、彫刻的であり、人を乗せる器のような広場だと感じた。作り込んだ池広場を見下ろす丘には、これまた作り込んだコールテン網のパーゴラがある。広場の開いた平面造形を立体的に見せたユニークなデザインは、公園のランドマークと言える。秋の日差しを受けて、利用者がベンチに座り語らっている姿は和やかなもので、デザインの高品質とは違った日常が見てとれた。緊張感の溢れる造形の中で、ゆったりとした時間が流れている。これもひとつの回答であろう。
戸田芳樹